僕がダイエット発信をする本当の理由。心が燃えるほどアチぃ動機があるのです。
こんにちは、たくみです。
ブログを見ていただいてありがとうございます。
こんなとこまで、見ちゃってるあなたは、
かなりの「たくみ」のファンですね。
めっちゃ嬉しいです。
この記事は
たくみが、
「半年で15kg停滞期なしで痩せる」
「相談乗った人がどんどん痩せていく」
「本気で痩せない人を救うためサポート事業開始」
「ずっと痩せなかった人が-16kg(現在進行中)」
「お酒を飲みながらでも-5kg」
「不規則な生活の看護師さんでも-10kg」
このように実際に自分が痩せて且つ、他の人のダイエットも成功させることができるようになったのか、ということや
そもそも、
・体型がイマイチで自分に自信が持てない
・好きな服がいつまでも着れない
・半ば痩せることをもう諦めている
って昔の僕のように思ってる人が、
どれだけもったいないことをしているか
ということが、
最後まで読むとわかるようになってます。
「たくみさんのプロフィールを見て感動しました」
という感想をいただける方も出てくるレベルの内容ですので、最後まで読んでみてください。
では、さっそくですが、
ほんの一年前までの僕は
そこら辺にいるただ太ってるだけの
おっさんAくらいの人間でした。
そんな太ったおっさんAが、
15kg痩せてダイエット事業を運営するようになったのか、その理由も含めて、
僕の幼少期の頃からお話しさせいただきます。
幼少期、強烈なコンプレックスに悩む
僕には顔に二つホクロがありました。
今は取ったのでありませんが。
鼻の横と口の横に
まぁまぁ目立つホクロがあったんですよね。
僕はこの2つのホクロが本当に嫌で、
コンプレックスでした。
ホクロという言葉を見たり聞いただけで、
今でも嫌な気分になります。
そして、僕の周りの友達は僕のことを
「おい、ホクロ」と呼んできます。
まぁきつかったですね。
でも当時はすごく引っ込み思案な性格で
何も言い返せず、
ヘラヘラと笑って誤魔化してました。
どれぐらい引っ込み思案かというと、
下校中に途中にトイレに行きたくなっても
「トイレに行きたい」と言い出せず、
途中、お漏らしをしてしまうくらいです。
とても内気な性格だったので、
たまに近所の年下の男の子グループに
悪口を言われているのに気づいてても、
何も言えず、
気づいていないフリをしていました。
人間関係ですごく窮屈な幼少期だったなと思うと、
今でも切なく思います。
中学生、夢潰される
中学2年ぐらいでしたかね。
当時シンガーソングライターの「YUI」が
めちゃくちゃ好きで、
彼女と同じように
ギターを弾けるようになりたいと、
アコギを練習していました。
そして、僕もYUIみたいに
音楽の世界で生きてみたいと思うようになり、
母親に
「俺、ギタリストになりたい」
って割と勇気振り絞って言ったんですよね。
子供ながらに何となく厳しい世界
だとは思ってたので。
で、そしたら母親なんて言ったと思います?
「バカじゃないの?」
夢、終了。
当時、内気で母親の言うことが絶対だった
中学生の僕は、
自分の未来に輝きが持てそうだった夢を
一瞬で潰されました。
挑戦を否定する人間には絶対にならない。
僕はこの時密かに決意しました。
高校生、孤独でベッドで泣く日々
僕は高校生になり、
将来にずっと夢が持てませんでした。
自分がどんな大人になるのか、
どんな楽しみがあるのか、
どんな人に出会えるだろうか、
こんなこと全然考えられなくて
高校生の僕は
「高校卒業したら人生を自ら終えよう」
とまで考えていました。
本当に実行する勇気はなかったのですが、
それくらい未来に希望を持てませんでした。
そんな状況で
勉強なんかやる気が出るわけもなく
成績は理系でビリ。正真正銘の最下位です。
クラスのみんなは大学受験に励む中、
僕だけ。本当に1人だけ勉強を全くしない。
そして、成績も下がり、
クラスのみんなとも距離ができます。
僕はクラスで誰とも話す人がいなくて、
弁当ももちろん1人。
すぐに食べ終わると、
昼休憩が終わるまでずっと机で
寝たふりをしていました。
20〜30分くらいかな。
「何で自分ってこんなにダメなんやろ」
とか、グルグル頭でずっと考えていました。
寝たふりをしている時に
僕の陰口を言われたこともあります。
もう、自己肯定感なんて
地面にめり込む勢いで低かったです。
ずっと孤独を感じでいた僕は、
家のベッドでいつも泣いていました。
父親より、木偶の坊認定
自己肯定感皆無の僕が
高校3年生を卒業する手前、
姉が結婚しました。
そんな晴れやかな結婚式の時に
また、僕の
自己肯定感を下げまくる出来事が
おきました。
新郎の家族が新婦側である
僕のテーブルに挨拶に来た時、
父親が家族の紹介をしだしたんです。
で、僕の紹介の時に父が言ったのが
「コレが木偶の坊です」
コレって何??
木偶の坊??
せっかくの結婚式でしたが、
気分は最悪の気持ちになりました。
というか、これ以前もこれ以降もずっと
父からは否定され続けてました。
こうして、内気な青年「たくみ」が
形成されたのでした。
青年、太る
そんな僕もなんだかんだ就職。
本当に何の面白みもない普通の人生。
僕は中学生で夢を潰されてから、
人生に何の目標も熱い情熱もなく
ただ呼吸を繰り返し、
食べ物を食べ、
睡眠をとり、仕事する。
この繰り返しでした。
楽しみといえば、
コンビニ弁当くらい。
それを食べながらタバコを吸う。
1日の楽しみがそれだけでした。
そして、そんなだらけた生活を送った結果
見事に太りました。
内気で木偶の坊なおデブの完成です。
そして、職場の上司にも
「お前、なんかブスじゃね?」
とか、真正面から言われました。
この時、
僕にダイエットの神様が舞い降りたのです。
自分の体、内面に向き合あった結果
それなら僕は自分のダサい体を変えようとダイエットに励みます。
しかし、中々うまくいかず、
なんと7年間もダイエットに失敗し続け、
最大17kgもリバウンドしてしまいました。
しかも、
公務員だった僕は、
このままの人生でいいのかと悩みすぎて
うつ病とパニック障害を発症してしまいました。
おまけに太ってる。オワコン状態です。
約1年、うつとパニックに悩みながらど底辺の人生を送っていました。
その時の記憶はほぼありません。
それくらい空虚な日々でした。
そんな中長い月日を経て少し病状が良くなり、
再度ダイエットを決意します。
これで人生最後。
そう決心し、僕は今度こそダイエットに成功するために、ありとあらゆるダイエット法を研究し尽くし、猛勉強を始めました。
30代にして1番人生が楽しくなった
それから、僕はダイエットと発信を同時進行で始めました。
その時は公務員でもないし、
親にも何も言われません。
僕の自己肯定感を下げる友達とも
全員縁を切りました。
圧倒的自由。
僕は、人生最大の熱量を
ダイエットと発信に込めて、
ついに人生で初めての
成功体験を得ることができました。
ありがたいことに、
インスタもフォロワーが1万近くになり、
最近ではXも1000人を超えました。
体も少しずつですが、細マッチョに
近づいてきてて、とても楽しいです。
さらに、ダイエットサポート事業も開始し、
ずっと夢だった自分のビジネスも運営できてます。
ボディメイク、ビジネスの両面で
沢山の素敵な人たちにも会えて、
自分の妻と息子とも関係はとても良く
仲良く暮らせて本当に幸せです。
救いたい
というわけで、
僕は過去の自分のように
人生に明るい未来が見えない人を
救いたいと思いながら過ごしています。
僕には自信があります。
なぜなら、
過去なかなかに辛かった経験もあるし、
自らボディメイクを一生続けていくので、
新しい学び、知識もどんどんつけていくからです。
体型で悩んでいる人がそこから
人生好転するように
伴走しながら軌道修正する。
そんなイメージです。
そして、自分の体にも人生にも
自信を持って輝く人を
増やしたいって思います。
だから僕のとこに来てくれる人には
知識を教えたいって思いますし、
痩せて欲しいって思います。
本気で痩せたいという思いがあれば、
僕は喜んで伴奏します。
はい、情には弱いタイプです。
だから、僕の発信を見て
ダイエットに成功したり、
なんか元気がでたりしてくれる人がいたら
本当に嬉しく思います。
